クリームコロッケなどの冷凍食品に農薬が混入されていた事件。
警察による捜査で工場での製造過程で農薬が混入する可能性は低くなり、工場内に出入りできる何者かが混入させた疑いが強まっている。
犯人は誰なのか。目的は何だったのか。どうやって混入させたのか。
それらは今後の捜査の進展を待つより他はない。
それよりも、ここまでのテレビや新聞の一連の報道を見てきて気になったことがある。
混入された有機リン農薬「マラチオン」の毒性に関する報道があまり詳しくないのだ。
流通している食品がどこまで危険なものなのかは、読者・視聴者が真っ先に知りたい情報のはずなのに、「会社側の発表」を垂れ流したような報道が目立つ。
私も以前、農薬の毒性に関するドキュメンタリーを取材したことがあるが、「マラチオン」などの有機リン農薬は、毒ガスのサリンとのいわば親戚のようなもので、生物の神経細胞に大きな影響を与える。
もちろん「急性」の毒性もあるが、「慢性」の毒性も見逃せない。
私が取材した有機リン農薬による慢性中毒の患者は「化学物質過敏症」を発症して、日常生活をとても制約された生活を送っていた。
そうした問題も見通して、この事件の報道が行われているとはとても言えない。
報道を振り返ってみよう。
マルハニチロ、回収は630万パック 冷凍食品から農薬
朝日新聞のこの記事など、「低毒性で急性の毒性や発がん性などはないという」と記しているが、朝日新聞の記者が専門家にあたって検証した感じではない書きっぷりだ。
混入されたマラチオンは本当に毒性が低いのか、読者がもっとも気にする点について、あまりに粗雑な書き方ではないか。
マルハニチロの冷凍食品から農薬 630万袋回収、外部混入の可能性も
この産経新聞の記事も「(体重20キロ)が1度に60個のコロッケを食べないと毒性が発症しないレベルという」として、会社側の発表をそのまま載せている。
同じ産経新聞の記事でこんな解説もある。
マルハニチロの説明を受けて、専門家や専門機関にも問い合わせてみたものの「命にかかわる量ではない」ということが強調されている。
ところがマルハニチロの説明が「過小評価」だと分かる。
農薬混入 回収94品目640万袋に マルハニチロ 毒性を過小評価
日本経済新聞も以下のように書く。
コロッケ少量で健康被害も マルハ側は過小評価 厚労省が注意喚起
この記事にあるようにマルハニチロの訂正会見を受けて「最も濃度が高いコロッケは子供が8分の1個を食べると症状が出る可能性がある」というのが1月2日現在のマスコミ各社による「マラチオンの毒性」に関する説明だ。
しかし、それだけなのだろうか?
以前、農薬の毒性について取材した経験でいうと、あくまでそれは「急性中毒」に関するものでしかない。
「化学物質過敏症」を含む「慢性中毒」に関する説明ではない。
私の取材した経験では、母親の体内にいる時に空中散布された有機リン殺虫剤で、重症の化学物質過敏症になった小学生が、
学校の近隣の梅林で撒かれた有機リン殺虫剤が風に乗ってきたために目の前で倒れてしまったことがあった。
呼吸も困難だったが、有機リン中毒で点滴を受けて回復した。
ただし、この子どもが化学物質過敏症だったために、ごく微量の有機リン農薬にも反応したのだった。
その他のほとんどの子どもは近隣で殺虫剤が撒かれたことさえ、気がつかなかった。
それほど、有機リン殺虫剤による症例は個人差がある。
しかし、現実にひどく反応する子どもたちは存在するのだ。
実は、農薬の毒性に関しては、専門家といわれる大学教授や医師などの間でも意見は分かれる。
特に慢性毒性については学者の間でもどちらかといえば「過小」に評価する専門家と「過大」に評価する専門家がいる。
前者は農薬メーカー寄りの専門家たちに多い。
後者は化学物質過敏症の研究をしている医師などに多い。
前者について言えば、放射能による健康影響に関して少なく評価しがちな人たちが原発メーカー寄りなのと同じような構図がある。
「原子力ムラ」と同じように、「農薬ムラ」もこの国には存在する。
このことを踏まえて、専門家だからとコメントを取って良し、とするだけなら、取材として不十分だ。
有機リン農薬「マラチオン」による子どもの神経に対する毒性については、北里大学の石川哲名誉教授による研究が有名だ。
石川名誉教授は「マラチオン」が空中散布されていた長野県佐久市の子どもたちの症例などを研究し、有機リン殺虫剤が子どもの神経に症状を引き起こすことを証明し、遠山椿吉記念 第3回 食と環境の科学賞 功労賞 を受けている。
有機リン農薬は、特に赤ん坊や幼い子どもの神経の発達に悪影響を与えることが分かっている。
マスコミは犯人を追及することをも大事だが、被害の広がりが本当にないのかを検証する責任もある。
3・11以降の原発報道に関してもマスコミの課題になった、政府や会社側の発表を鵜呑みにせず、自らの力で調査する「調査報道」がこうした事件の報道でも求められている。